その昔、俺がバイトをしていたバーは
地元でも一番の老舗であり
例え未だその身分が学生とはいえ従業員から
勤務中の態度や姿勢に至るまでとても厳しく躾けられた
その中でも特に俺の記憶に残る言葉に
バーテンダーは「そこに在る」がある
「いいか、お客様の大切な空間に決して立ち入るなよ。」
「しかし、傍らで常にお客様を意識するように・・・」
「居るのではなく在るを心がけろ!」
当時、まだまだ尻の青い俺の耳には
このチーフからの指示はまるで謎解きのように響いたものだった
その夜は平日と言う事もあって
店内のカウンターにほんの数人がまばらに座っているだけ
俺はチーフと二人で中央のカウンターにひっそりと佇んでいた
すると俺の前に常連客の男性が
珍しく女性連れで訪れると並んで腰掛けた
「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」
いつも無骨で寡黙な彼は
その言葉にやや照れたように頷くと
二人分の酒をオーダーしてじっくりと舐めるように飲み始めた
「ねぇ、今夜はどういう風の吹き回し?」
「この店に連れてきてくれるなんて何年ぶりかしら・・・(笑)」
彼女のそんな揶揄するような問いかけに
「あぁ、今日は特別な日だからね。」
彼はそう短く応えると彼女へ指輪をそっと差し出した
「えっ??」
「この店に連れてきたのが5年前の今日。初めてのデートも同じだよ」
「ありがとう・・・」
そんな二人の会話をさりげなく耳にしたチーフ
「さしでがましいかもしれませんが・・・」
「是非、私共からお二人にご馳走をさせてください」
そう言うとすばやくカウンターにグラスを二つ並べて
黄金色のシャンパンを注いだ。
「ん?どうしてお客様の大切な会話に割り込むんだろ?」
俺がそう思いながら
しばらく怪訝な表情をしていると
ニンマリとしてチーフが一言・・・
「さっきこそが我々が在るべき時だったんだ(笑)」
今でも俺はあの時の
彼の笑顔が忘れられられない。
今回の選曲は
The Manhattans の「 Shining Star」
彼らのベルベットボイスで
柔らかく優しい気持ちになれますように♪