バーと言えば
様々な酒を味わって愉しめる場所。
俺は新米バーテンダーとして
先輩諸氏より色んな酒の種類やカクテルの作り方を
暇さえあれば厳しく教えられ、そして鍛えられた
ところが客のオーダーは十中八九
ビールにロック、水割り、せいぜいがロングカクテル
凝ったモノなどほとんど頼まない
だからまったくもって俺は
憶えたてのシェーカーを振る事もなかった・・・(笑)
しかし、ごくたまに客から
スタンダードカクテルのオーダーが入ると
随分と喜んだものだった
ところがそんな一人前気取りの俺でも
あまり嬉しくはないカクテルのオーダーがあった
それは・・・
その日は珍しく新人である
俺のカウンターにチラホラと数人の客が座り
グラスを傾けて賑やかに語り合っていた
「ここ、空いてるかい?」
唐突にスマートな感じの男性が明るい声でそう言うと
可愛らしい女性と一緒にカウンターの隅の席へ
二人で並んで腰掛けた
「いらっしゃいませ!何になさいます?」
「うーん、僕はウィスキー水割りダブルで。君は?」
「えぇっと、私はあまりお酒強くないから・・・」
「せっかくなんだから何か飲みなよ」
「じゃあ、少しだけ。。。」
そこで俺は彼女に気を利かして
「では飲みやすいモノにいたしましょうか?」
そう言って彼氏には水割りのグラス
彼女には良く冷えたグラスにクレーム・ド・カシスを満たして置くと
会話の邪魔にならないようにすぐにその場を離れた
ところが、しばらくして彼女がトイレに立つと
彼氏が手招きしながらひそひそ声で俺を呼びつける
「おい!バーテン、女がコロッといくカクテルはないのか?」
「はぁ・・・」
こういうオーダーは今までにも何度かあったのだが
実際には女性を知らず知らずのうちに
うまく酔わせるカクテルなんぞある訳ない!
それはあくまでも空想の世界の産物なのだが
いつの世にも自分の都合に良い事ばかり
考えてしまう輩はいるようで・・・(汗)
「ともかく彼女をすっかり酔わせたいんだからうまく作ってくれ」
「わかりました・・・」
やがてトイレから彼女が戻ってくると
彼が表情を変えて優しげに声をかける
「美味しいお代わりを頼んでおいてあげたよ」
「ありがとう♪これって何だか甘くて飲みやすいわね」
俺は目の前で交わされるそんな会話を耳にしながら
独りで黙ってヒヤヒヤとしていた
ところが入れ替わりに彼氏がトイレへと立つと
今度は彼女が俺を呼びつけた
「ねぇ、これって怪しいお酒じゃない?」
「は、はい。少しお強いモノをとのことでしたので・・・」
「そう?じゃあ、これからは何かで薄めてくれる?」
「かしこまりました。」
その後、彼女は勧められるままに
何杯かの似非カクテルを飲んで瞳を潤ませ
彼氏は嬉々としてその何倍もの強い酒を飲み干して
仲良く千鳥足で夜の街へと消えていった
さて、あの二人はあれからどうなったのやら・・・(笑)
今回の曲は
「Misty」=五里霧中
恋愛の始まり。
それは互いにまずは探りあうモノなのかも♪