俺がバイトをしていたそのバーは結構、歴史も古く
場所柄なのか、たまに芸能人や外人なども来ていた。
なので、たとえバイトとは言え
まったく酒のイロハも知らない若造がバーテンダーになるまで
半年間以上は身体で1ozを覚えこまされたり、氷を削ったり
接客マナー等を厳しく修行もさせられりもした。
そうして教えられた様々な酒に関しての知識や
バーテンダーとしての技術も重要なのだが
特に強く言い渡されたことが
さりげなく、絶えず客との間合いを保ち続け
「空気のように在る」ということ。
これは今でも俺の中にしっかりと刻まれて残っている
そんな修行中の俺が一番混雑する週末の夜
いくつもある中でも
ガラ空きの一番奥の隅のカウンターで
ひっそりと佇んでいると
スラッとした長身でブロンドの外人女性が独りで
ふらりと俺の目の前の椅子に腰をおろしオーダーを告げた
「ビァープリーズ。」
そこで俺がビッシリと霜のついたビールグラスを
彼女の前に静かに置いて、その顔をあげたその瞬間
目ざとい周囲の男性達の酔眼から
幾つもの熱い視線がこちらへと注がれていることに気がついた。
「あちゃ・・・こりゃ~寄ってくるんだろうなぁ・・・」
などと思いつつ俺が素知らぬふりをしていると
数分も経たないうちに
ガラガラだったカウンターが多くの男達で満席に(笑)
「おい!バーテン!ウイスキーロックだ!」
「こっちはビール!早くしろ!!」
すぐさま、俺はあちらこちらから寄ってくる
酔っ払い男達からの沢山のオーダーに大忙しとなった・・・
すると早速
「おい、お前声かけてみろよぉ!」とか「うーん、いい女だねぇ」
「日本語わかるのかな?」など
そこら中で男達が低く囁く声が聴こえる(笑)
実は彼女、外人モデルで店の常連さん
日本語は十分に堪能なので周囲の囁きは全部お判り
いつもは彼氏やモデル仲間達と店に来るのだが
その夜は珍しく彼女独りきりだった
それに彼女のオーダーは
いつもはたしかミネラルウォーターだったはず・・・
そんな記憶から俺は新人ながらも
彼女の行動に関してやや違和感を持った
「おかわりは宜しいでしょうか?」
そこでグラスが空いたのを見計らって
ついつい声を彼女にかけてしまった
「うん、もう一杯だけお願い。」
「ありがとうございます。」
「ねぇ、ところで一曲だけリクエストしてもいいかな?」
「はい、もちろん何なりと・・・」
その店ではBGMをリクエストすることができた
そしてその曲が終わると
彼女は灰皿に一本の吸殻を押しつけ
グラスをカウンターの上にそっと置いて
周囲から注がれる粘っこい視線と
囁き声を振り払うかのように颯爽と帰っていった・・・
その彼女がリクエストした曲。
今でもpoliceと言えばあの彼女を思い出します